講演ドイツの再生可能エネルギー拡大政策・その可能性と問題点             熊谷 徹

2010年6月11日 四国電力本社

1.再生可能エネの現状

本日は、ドイツの状況につきまして、お話をさせて頂く機会を与えて下さり、
どうも有り難うございます。とても光栄に思います。
私は20年前からドイツに住んでいますが、この間に電力とエネルギーを取り巻く環境は、
ほんとうに大きく変わりました。その中で最も大きな変化の一つは、再生可能エネルギーが電力事業の中で重要度を増したことです。

このグラフは、2000年から2009年までに、ドイツの電力消費量の中に再生可能エネルギーが
占める割合がどう変化したかを示したものです。2000年には、ドイツで消費される電力の6・6%が
再生可能エネルギーで作られていました。過去9年間でその割合は2倍以上に増え、
16%になりました。

発電量の中でも、再生可能エネルギーの比率は増える一方です。
この表は、2008年と2009年の発電量を比べたものです。2009年のドイツでの発電量は
5610億キロワット時。銀行危機による不況のために、発電量は前の年に比べておよそ6%減りました。

それでも、再生可能エネルギーによる発電量は前の年に比べて0・2%増え、910メガワット時
になりました。再生可能エネルギーが発電量に占める比率も、15%から16%に増えています。

これに対し、従来ドイツで中心的な役割を果たしてきた他のエネルギー源の発電量は、減る方向
にあります。

この国では電力の42%が褐炭と石炭、23%が原子力、13%が天然ガスによって
作られています。しかし2009年の原子力の発電量は、前の年に比べて9%減っています。
さらに褐炭と石炭による発電量も、前の年に比べて7・5%減りました。
つまり他の主要エネルギー源による発電量が減っていく中、再生可能エネルギーの比率は着々と
増えているのです。

このグラフは、2009年の再生可能エネルギーによる発電量の内訳を示したものです。
最も多いのが風力発電で、再生可能エネルギーによる発電量の42%を占めています。
二番目に多いバイオマスは、家畜の排泄物や植物を発酵させ、メタンガスを作って発電を行います。
また最後の廃棄物というのは、地方自治体などのごみ焼却所で発生する熱で蒸気を作り発電するものです。

ちなみにドイツ政府は、2020年までに再生可能エネルギーが発電量に占める割合を現在の
16%から30%に引き上げる予定です。

2.再生可能エネルギー促進法

なぜドイツの再生可能エネルギーは、これほど急激に拡大しているのでしょうか。
その最大の理由は、今からちょうど10年前、つまり2000年にドイツ政府が再生可能
エネルギーを促進する法律を施行させたことです。ドイツでは1998年に初めて環境政党である
緑の党が、連立政権の一党として政権に加わりました。当時の首相は、社会民主党の
シュレーダー氏です。シュレーダー政権は、緑の党に環境政策やエネルギー政策を担当させました。
緑の党は環境保護を重視する一種の左派政党であり、原子力発電に反対し再生可能エネルギーの
拡大を主張してきましたが、政権につくとその提案を実行に移したのです。

再生可能エネルギー促進法の要点は、全量買い取り義務と価格の固定にあります。全ての系統
運営者は、再生可能エネルギーで作られた電力を、需要に関係なく優先的に買い取って系統に流す
ことを義務づけられます。ドイツでは多くの場合、系統運営者は、大手の電力会社です。
系統運営者は再生可能エネルギーを十分に受け入れられるように、系統を整備しなくてはなりません。 

さらに再生可能エネルギーで作られた電力については、政府がキロワット時あたりの買い取り価格を
決めました。しかもその値段は、原子力や石炭による電力を大幅に上回っています。

たとえば建物の屋根に太陽光モジュールを取り付けて電力を販売すると、1キロワット時あたりの
買い取り価格は、出力が30キロワット未満の施設では、39・6セントです。一方今年4月
中旬にドイツの電力取引所で1キロワット時の電力を買おうとすると、その値段は3・9セントでした。
つまり、太陽発電による電力は、通常の電力の10倍の値段で買い取られているのです。

また今年陸上に設置する風力発電装置については、1キロワット時あたりの電力買い取り価格は
最初の5年間につき9・1セント、およそ11円。また、今年海上に設置するオフショア風力発電
装置については、最初の1年間につき13セント、およそ16円で買い取られます。


しかもこの買い取り価格は、原則として20年間にわたって固定されます。発電する側にとっては、
買い取り価格が長期間にわたり固定されたことによって、発電施設の減価償却の計画が立てやすくなり、
損をする危険が低くなりました。

このためドイツでは21世紀に入ってから、再生可能エネルギーによる発電が一種のブームに
なっています。風が強いドイツ北部では、風力発電装置が雨後のたけのこのように設置されました。
1年間に風力で作られる電力の量は、過去10年間でおよそ10倍に増えました。バイオマスによる
毎年の発電量は、20倍に増えました。農家や工場、民家の屋根には、次々に太陽光モジュールが
取り付けられています。畑を農地として使うのをやめて、一面に太陽光モジュールを設置する
農民も現われました。再生可能エネルギーの比率が、9年間で2倍以上に増えた背景には、法律
による全量買い取り義務と価格の固定があったのです。

つまり国が再生可能エネルギーによる電力の値段を人為的に高くすることによって、この種の電力の
供給を促進しているのです。その意味では一種の補助金ですが、欧州連合は政府による補助金を
禁止しているので、ドイツ政府は「振興金」という言葉を使っています。

3.増える消費者の負担

そして政府は再生可能エネルギーを振興するための資金を、最終的に消費者に負担させています。
つまり買い取り費用は、再生可能エネルギー促進税という税金として、電力料金の請求書に加算され
るのです。ドイツの標準的な家庭、つまり夫婦と子ども1人の3人家族が1年間に使う電力量は
3500キロワット時ですが、この家庭が再生可能エネルギーの促進のために毎月支払う税金は、
およそ6ユーロ、720円前後です。

ちなみにドイツの電力料金がどのくらいかを知っていただくために、私の家庭の例をご紹介しましょう。
私と妻は2008年11月から2009年10月までに、3044キロワット時の電力を使いました。
1年間の電力料金は735・77ユーロ、1ヶ月にしますと61ユーロ、およそ7400円です。
二人世帯にしては電力の使用量が多いと思われるかもしれませんが、その理由の一つは、
コンピューターを2台使っていることと、電化キッチンにあるのではないかと思われます。
ドイツでは家庭の9割近くが電化キッチンです。

ちなみにこの電力料金の内およそ40%が、再生可能エネルギー促進税、熱電併給型発電所促進税、
環境税、付加価値税などの税金です。

このグラフは、標準世帯が毎月払う電力料金が、1998年から2009年までにどのように変化
したかを表わしています。1998年に電力市場が完全に自由化されて、電力料金は一時下がりました。
しかし現在では、一番料金が安くなった2000年に比べて67%も高くなっています。その理由の
一つは、再生可能エネルギー促進税などの税金が、10年間で105%も増加しておよそ26ユーロ、
およそ3120円になったことです。個人向けの電力料金は今も上がり続けており、2009年の
料金は、前の年に比べておよそ7%高くなりました。

このグラフは、電力消費にかけられる税金が、1998年から2009年までにどれだけ増えたかを
示しています。1998年の税金の額は23億ユーロ、およそ2760億円でした。ところが
2009年にはこの税金の額が6倍に増えて、138億ユーロ、およそ1兆6560億円になって
います。この税金の内訳は、環境税が45%、再生可能エネルギー促進税が35%、コンセッション・
フィーが16%などとなっています。コンセッション・フィーというのは、電力会社が地方自治体に
支払う料金です。電力会社は電力を需要家に供給するために、電線などを公共の道路に埋設しますが、
そのために地方自治体に支払う料金がコンセッション・フィーです。

再生可能エネルギーを拡大するためのコストによって、電力料金が押し上げられていることが
お分かりいただけると思います。

このグラフは、再生可能エネルギーで作られた電力の買い取りに、年々注ぎ込まれている資金の額です。
その額は、2000年からの9年間でおよそ8・3倍に増えて100億ユーロ、およそ1兆
2000億円に達しています。

4.再生可能エネ拡大は政治的な決定

皆さんの中には「これだけ多額のお金をかけて、再生可能エネルギーを拡大する意味があるのだろうか」
とお感じになる方もいらっしゃるのではないでしょうか。実際、2000年にドイツ政府が再生可能
エネルギー促進法を施行させた時、その動機は経済的なものではなく、純粋に政治的なものでした。
つまり環境保護を重視したイデオロギーに基づいて、化石燃料や原子力を使う電力の比率を減らして、
再生可能エネルギーによる電力を大幅に増やそうとしたのです。

当時のシュレーダー政権は、2000年に原子力発電所の稼動年数を32年間に制限する、脱原子力
政策を実行に移しました。これは緑の党のイデオロギーを政策として実現したものですが、
シュレーダー政権が原子力を代替する上で大きな期待をかけたのが、再生可能エネルギーだったのです。
さらにシュレーダー政権は、ガスや電力、ガソリンなどの消費に環境税をかけることによって、
エネルギーの使用量を減らそうとしました。

また21世紀になってから、二酸化炭素などの温室効果ガスと、地球温暖化や異常気象との関係に
ついてドイツ市民の関心が大幅に高まりました。特に2002年に旧東ドイツなどヨーロッパの東部で
大洪水が発生したことや、2003年に異常な熱波のためにヨーロッパ全体で7万人もの死者が
出たことで、気候変動について懸念する市民の数が増えたのです。

欧州連合の役割も無視することはできません。ヨーロッパでは、経済や政治の統合が急速に進んでおり、
ブリュッセルの欧州委員会が事実上の「ヨーロッパ政府」になりつつあります。ドイツで毎年新しく
施行される経済に関する法律のおよそ40%は、欧州連合が決めた指針を国内法として制定したものです。
つまり欧州連合が、各国の経済に及ぼす影響力はますます強まっているのです。そのことは、環境
保護にもあてはまります。

たとえば欧州連合は、2007年に気候変動に対応するために、「3つの20」と呼ばれる対策を
打ち出しました。それは、2020年までにエネルギー消費量を、1990年に比べて20%減らす
こと、温室効果ガスの排出量を1990年に比べて20%減らすこと、そして電力、暖房、冷房、
交通などを含めた全てのエネルギーの消費量に占める再生可能エネルギーの割合を、現在の8・5%
から20%に引き上げるというものです。

欧州連合は各国に対して、再生可能エネルギーが全てのエネルギー消費量に占める比率の目標値を
割り当てました。このグラフをご覧下さい。ドイツでは2005年に再生可能エネルギーが全ての
エネルギー消費量に占める比率が5・8%でしたが、2020年までにこの比率を18%に引き上げ
なくてはなりません。ドイツはその比率を3・1倍に引き上げればよいのですが、イギリスは
11・5倍、ベルギーは5・9倍に引き上げなくてはなりません。

またヨーロッパで排出される二酸化炭素のおよそ3分の1は、民家や企業の建物から排出されています。
欧州連合は、2020年以降に建てられる建物については、二酸化炭素の排出量をゼロにすることを
義務づける方針です。さらに古い建物のリフォームや暖房の効率化については莫大な費用がかかるため、
政府が補助金を出すことを認める予定です。全ての建物の家主は、エネルギーの効率性や再生可能
エネルギーがエネルギー消費に占める割合を記した「エネルギー証明書」を持つことを
義務づけられます。

再生可能エネルギーを拡大し、二酸化炭素の排出量を減らすための様々な対策によって、ドイツの電力
料金は今後も高くなることが予想されます。

5.ドイツ人は再生可能エネが好き

しかし興味深いことに、これほど多額の費用がかかっても、ドイツの市民からは再生可能エネルギー
の拡大に反対する声はほとんど聞かれません。むしろ、ドイツ人は再生可能エネルギーがさらに普及
することを望んでいます。

今年行われたある世論調査によりますと、回答者の95%が「再生可能エネルギーの比率を拡大する
ことは重要だ」と答えています。また「電力を買う場合にどのエネルギー源を最も希望しますか」
という問いに対し、回答者の78%が再生可能エネルギーを挙げました。これに対し「石炭」と答えた
人は3%、原子力と答えた人は6%にすぎませんでした。

また2007年の8月に行われた別の世論調査によりますと、回答者の77%が「電力料金が高く
なっても、再生可能エネルギーを使いたい」と答えています。毎月の手取り所得が3000ユーロ、
日本円で36万円を超える世帯では、「再生可能エネルギーを使うためならば、電力料金の値上げも
受け入れる」と答えた人の比率が87%にのぼっています。手取り所得が1000ユーロ、
12万円以下の世帯ですら、回答者の69%が「電力料金が高くても再生可能エネルギーを使いたい」
と答えています。

また回答者の半数以上が、自分が住む地方自治体の政治家に対して、もっと再生可能エネルギーの拡大に
力を入れて欲しいと求めています。

ドイツの新規電力販売会社の団体であるドイツ・新規エネルギー供給企業連合会(BNE)は、「再生可能エネルギーによる電力だけを売っている企業の中には、着実にシェアをのばしている
社がある」と述べています。

その中の一つが、ハンブルクの「リヒトブリック」社です。この会社は、旧東ドイツのバイオマス
発電所と、オーストリアの水力発電所で作られた電力しか販売していません。パンフレットの中で、
「原子力ゼロ・石炭火力ゼロ」を強調し、「電力供給先を我が社に切り替えれば、あなたは二酸化炭素の
排出量を、毎年2トン節約できます」と訴えています。郵便局の窓口にパンフレットを置いて市民に
アピールしようとしている他、再生可能エネルギーを重視する連邦環境省や、連邦議会など官庁や
地方自治体にも電力を売っています。

 リヒトブリック社は1998年に創業された新しい会社ですが、2003年から6年間で契約数を
5倍に増やし、現在は50万人を超える家庭に電力を供給しています。この会社が成功したことは、
電力料金が割高でも再生可能エネルギーだけを使った電力を買いたいと考える市民が増えていることを
示しています。

ドイツ政府は、全ての電力会社に対し電力料金の請求書などにエネルギー源のパーセンテージを明記
することを義務づけています。たとえば私が電力を買っているのは、イエローという新規参入会社なの
ですが、2008年の請求書にはイエローの電力の45%が原子力によって作られていると書かれています。これはドイツ全体の平均23%を大幅に上回っています。しかしイエローでは
褐炭、石炭などの化石燃料の比率は31%で、ドイツ全体の平均42%を下回っています。さらに、
イエローの電力に占める再生可能エネルギーの比率は24%で、ドイツ全体の平均16%を上回って
います。ドイツの消費者が再生可能エネルギーに強い関心を持っていることを考えますと、この数字は
重要なセールスポイントになります。

イエローは、請求書の中に同社の電力が環境に与える負荷も記しています。たとえばイエローの電力
1キロワット時あたりの二酸化炭素の排出量は245グラムで、ドイツ全体の平均(506グラム)
の半分以下です。これに対し、電力1キロワット時あたりの核廃棄物は0・0012グラムで、
全国平均の0・0007グラムを上回っています。環境保護に強い関心を持つ市民は、電力会社が
発表しているこうした数字に基づいて、電力の購入先を決めるのです。ドイツでは、電力市場が自由化
された直後に比べますと、電力会社を変更する市民の割合が徐々に増えています。

このため、どの大手電力会社も、再生可能エネルギーによる電力の比率を引き上げ、化石燃料による
発電の比率を減らそうと必死で努力しています。

たとえばドイツで第二位の大手電力会社であるRWEは、毎年およそ1億5000万トンの二酸化炭素を排出しており、環境団体から「ヨーロッパで
最も二酸化炭素を多く排出する電力会社」として批判されています。この会社の2009年度の
エネルギー・ミックスを見ますと、石炭と褐炭の比率が62%で全国平均を大幅に上回っています。
また再生可能エネルギーの比率はわずか3%で、全国平均の16%を大きく下回っています。

このためRWEのグロスマン社長は今年4月に行われた株主総会で「2025年までに、再生可能エネルギー、
原子力など二酸化炭素を出さない、もしくは二酸化炭素の排出量が少ないエネルギーの比率を、
発電量の75%に引き上げる」という方針を打ち出しています。つまり石炭と褐炭の比率を現在の
62%から25%に減らすというわけです。つまり
RWEは、「地球温暖化の防止にあまり貢献していない企業」というイメージを変えようとしているのです。

同時にRWEが二酸化炭素の排出量を現在のままの状態で放置しておくと、同社の業績にも悪い影響が及びます。
欧州連合の加盟国は2005年から二酸化炭素の排出量の取引を行っていますが、初めの内は企業へ
負担が増えるのを防ぐために、排出権がただで割り当てられてきました。しかし2013年からは
基準が大幅に厳しくなり、電力会社などエネルギー業界は、排出する二酸化炭素について全ての量を
購入しなくてはなりません。
RWEは2013年に、二酸化炭素1億トンに相当する排出権を買わなくてはならないと予想されています。
1トンあたりの排出権の値段を20ユーロ(およそ2400円)と仮定しますと、排出権の購入の
ために
RWEは20億ユーロ、およそ2400億円ものコストを負担しなくてはならないのです。このためRWEにとって、石炭や褐炭を使った発電所の比率を減らすことは、企業経営にとっても重要な問題なのです。

また地方自治体の間にも、新しい動きが現われています。ミュンヘン市役所が所有する
地域電力会社
SWMは、「2015年までに、家庭向け電力を100%、再生可能エネルギーによって供給する」
という計画を明らかにしています。2025年までには企業向けの電力も、完全に再生可能エネルギー
に切り替えます。ミュンヘンはドイツで3番目に人口が多い都市ですが、大都市が再生可能
エネルギーの比率を100%に引き上げるのは、ドイツでも初めてです。

SWMは、北海の風力発電基地やスペイン南部の太陽発電施設に出資しており、来年から電力の供給が
始まります。また
SWMはミュンヘン市の真ん中を流れるイザー川の地下に水力発電所を建設し、去年から発電を始めました。SWMは今後再生可能エネルギーの拡大のために10億ユーロ、およそ1200億円を投資することに
しています。

また2008年には、マールブルクという町の市議会が、「建物を新築したり、改築したりする際に、
太陽光発電のためのモジュールを設置しないと、罰金を取る」という条例案を可決して注目を集め
ました。

この条例によりますと、2008年10月1日以降に住宅や商業用の建物を新築したり、大幅に
改築したりする市民は、屋根の面積20平方メートルあたりにつき、最低1平方メートルの太陽光
モジュールを設置しなくてはなりません。この条例に違反すると、最高1000ユーロ(12万円)の
罰金を取られます。条例によって、新築の建物に太陽光モジュールの設置が義務づけられたのは、
ドイツでも初めてのことです。

 またドイツ政府が「再生可能エネルギーの拡大は、経済のためにもプラスだ」と説明していることも、
国民がクリーン電力に好感を抱く理由の一つです。

連邦環境省は去年、環境保護の経済効果について初めて報告書を発表しました。そして「環境保護に
関連するマーケットが将来大きく成長し、雇用を増やす」という見方を明らかにしました。

この報告書の中で環境省は、「再生可能エネルギーなど、環境保護に関連する産業の2005年の市場
規模は全世界で1兆ユーロ(120兆円)だったが、2020年には2・2倍に拡大して2兆
2000億ユーロになる」と予測しています。

ドイツ企業が、環境保護に関するマーケットに占めるシェアは16%で、世界でトップクラスです。

ドイツの再生可能エネルギーに関する業界で働いている人の数は、2008年までの1年間に12%
増加して28万人になりました。広い意味で環境保護に関連した産業で働く人の数はドイツだけで
180万人にのぼります。これは全ての勤労者の4・5%にあたる数字であり、比率は年々拡大している。つまりドイツ政府は、環境保護が国民経済と雇用にプラスの効果をもたらすと主張しているのです。

特に旧東ドイツ地域にとっては、再生可能エネルギーは重要な意味を持っています。この地域では
統一後も西側の企業の投資が進まなかったために、生産性や国民一人あたりの国内総生産が今も
旧西ドイツよりも低いままです。失業率も西側の2倍近くになっています。しかし再生可能エネルギー
のブームに乗って、ザクセン州を中心に、太陽光発電のためのモジュールや、風力発電装置などを
製造する企業が次々と誕生したのです。このため旧東ドイツでは、再生可能エネルギーに大きな期待が
かけられています。

ドイツ政府は2020年までに温室効果ガスの排出量を40%減らすために、「総合エネルギー・
気候保護プログラム」というプログラムを進めています。この計画によると、2015年以降、
エネルギー節約などのために毎年300億ユーロ・3兆6000億円)の投資が必要になります。
環境省は「この計画によって、2020年までに少なくとも50万人分の雇用が創出される」と予想
しています。たとえば、暖房の効率性を高めるために、多くの住宅をリフォームすることが必要になる
ため、建設業界、さらに窓を作るメーカーにとっては、受注が増えることは確実と見られています。
またドイツは中国などの新興国に対して、環境保護技術を積極的に輸出しようとしています。

以前ドイツの経済界には「環境保護のためのコストは企業に負担となり、経済成長にブレーキをかける」
という考え方がありました。しかしドイツの前の環境大臣だったガブリエル氏は「エコロジー、つまり
環境保護の精神は、エコノミーにも貢献する」と述べています。

ドイツの経済界は、「環境保護がもたらすコストと、雇用を生み出すプラスの効果のバランスを
うまく取り、経済活動に対するマイナス効果が大きくならないように配慮することが重要だ」という
立場を取っています。

6.環境と自然の保護に熱心

 ドイツの市民が再生可能エネルギーに強い関心を持っているもう一つの理由は、彼らの環境意識が
高いことです。ドイツ人は他のヨーロッパ人に比べても、自然や野生の動物に対して特別の愛着を
持っており、環境保護にたいへん熱心な民族です。たとえばドイツには環境保護に関する法律が非常に
多く、環境汚染についてのニュースは新聞で大きく取り上げられる傾向があります。ほとんどの
ドイツ人は、日曜日の午後に田園や森の中を散歩して、自然を満喫するのが好きです。

 ドイツ人はなぜ環境保護に熱心なのでしょうか?いくつかの理由が挙げられます。たとえば、ドイツは
連邦制度をとっており、東京やロンドンのような大都市がありません。このため人口が大都市に集中
していないために、住民一人当たりの緑地の面積が非常に広いことがあげられます。私が住んでいます
ミュンヘンでは、住民1人あたりの緑地の面積が、東京の10倍です。

またドイツ人はヨーロッパ人の中でも特に清潔好きで、秩序や整理整頓を好む傾向がありますが、
こうした性格も彼らが環境保護に熱心な原因の一つだと思います。

さらにドイツ人たちは、過去に深刻な環境汚染を経験しています。たとえばチェルノブイリ原子力
発電所で発生した事故のために、南ドイツを中心に土壌が放射能によって汚染された事故は、今も
ドイツ人の記憶に深く刻み込まれています。またスイスの化学工場で起きた火災によってライン川が
汚染されたり、東ヨーロッパの工場からの有害物質によって酸性雨が発生し、ドイツの森に深刻な
被害が出たりしたこともありました。また今のドイツ人の遠い祖先にあたるゲルマン民族は、古代
ローマ時代には森の中に住んでいました。このため、森を「すみか」とみなす潜在意識が心の中に
残っており、自然に対してひときわ強い愛着を抱いているのかもしれません。

1968年にドイツでも学園紛争が起こりましたが、この時に原子力に反対する思想が、一種の社会
運動として定着しました。この運動は、緑の党の誕生につながりました。同時に科学技術に対する
不信感もこの時に生まれ、現在まで市民の間に残っています。ドイツの市民は、日本人やアメリカ人に
比べると新しい技術に対する関心が低く、不信感を抱く人も少なくありません。たとえばドイツ人は、
「トランスラピード」という高速列車を開発しました。これは、磁力を利用して車体を線路から浮かせる
リニアモーターカーですが、この列車が実用化されているのは中国の上海だけで、ドイツでは全く
使われていません。さらにドイツ人の間では、ナノテクノロジーや農作物の遺伝子操作、携帯電話の
電磁波などについて強い懸念を抱く人が少なくありません。

ドイツ人はこうしたメンタリティーを持っているために、再生可能エネルギーという自然の力を利用
したテクノロジーに強い魅力を感じるわけです。

7.産業界の懸念

これに対しドイツの産業界は、再生可能エネルギーの拡大について慎重な立場を取っています。その
最大の理由は、電力コストです。日本経団連に相当しますドイツ産業連盟は、「ドイツは、大口需要家
向けの電力料金が高すぎる」と主張しています。このグラフは、メーカー向けの平均的な電力価格が
どのように変化したかを示したもので、1998年の価格水準を100としています。電力市場の自由化
によって一時的に激しい競争が起きたために、電力の値段は2000年には1998年に比べて38%も
下がりました。しかしその後再生可能エネルギーを促進するための税金や、燃料価格の上昇などに
よって、大口需要家向けの電力価格は年々上昇し、現在では自由化の前の価格を16%上回っています。

さらにドイツは、メーカー向けの電力価格がヨーロッパで最も高い国の一つです。このグラフは、欧州連合の主な加盟国の間で、2007年の時点で大口需要家向けの電力価格にどのような差があるかを示したものです。ドイツのキロワット時あたりの電力価格は9・79セントで、イタリアとアイルランドに次いでヨーロッパで三番目に高くなっています。

ドイツでは年金保険や健康保険など、社会保障制度が充実しています。しかし企業にとっては、社会
保険料が大きな負担となっています。このため製造業界の人件費が世界でもトップクラスであり、
ドイツの製品の価格競争力を弱める原因となっています。これに加えて、電力を大量に消費する業種に
とっては、電力コストが高いことも、大きな悩みの種です。実際アルミニウムのメーカーの中には、電力
コストが高いことを理由にドイツの工場を閉鎖した企業もあります。

ドイツ産業連盟は、基本的に再生可能エネルギーの拡大には賛成しています。また排出量取引に
ついても、「企業が二酸化炭素を減らす手段を自分で選べるので、最も効率的な方法だ」として前向きに
評価しています。

しかしドイツの企業の競争力が、アメリカや日本に比べて弱まらないように配慮して欲しいと政府に
求めています。たとえばドイツの産業界は、「中国やインド、アメリカが二酸化炭素の排出量の削減を
本格的に行なおうとしないのに、欧州連合が排出量取引などによって二酸化炭素の排出量を積極的に
減らそうとすることは、ヨーロッパの企業の競争力を弱める」と懸念しています。

このことは、ドイツ企業が生産拠点を東ヨーロッパやアジアに移し、いわゆる「産業の空洞化」
につながるかもしれません。そしてドイツの失業率を高くする可能性もあります。ご参考までに、
2007年の労働者の1時間あたりの労働コストを比較した調査をお見せしましょう。

ドイツの労働コストは32・7ユーロ、およそ3900円です。これはルーマニアのおよそ10倍、
ブルガリアのおよそ18倍にあたります。このグラフから、ドイツの企業が労働集約型の産業における
価格競争では勝ち目がないということがおわかり頂けると思います。つまり電力料金もメーカーに
とっては、重要なコスト・ファクターなのです。

またヨーロッパでは排出量取引が本格的に行われているのだから、再生可能エネルギーを拡大するため
に莫大な資金を注ぎ込むべきではないという意見も出ています。排出量取引と再生可能エネルギーの
拡大をお互いに調整しないまま、同時に進めるのは効率が悪いという見方です。

さらにドイツの産業界は、原子力を廃止するという政策に強い懸念を抱いています。その理由は、
ドイツのベース・ロードの半分近くが原子力によってまかなわれているからです。このグラフは、
2007年のベース・ロードがどのエネルギーによってまかなわれていたかを示しています。48%が
褐炭、44%が原子力、そして残りの8%が水力によってカバーされています。ドイツ産業連盟は、
「風力や太陽光は変動する可能性がある上、バイオマスも継続的な発電には向いていない」として、
再生可能エネルギーはベースロードのカバーには適していないと結論づけています。このため産業界は、
将来も原子力を廃止せずにエネルギー・ミックスの中に含めることを求めています。つまり石炭、
原子力、再生可能エネルギーの3つをバランスよく使用するべきだというのです。

8.脱原子力政策を見直しへ

さてドイツでは去年の総選挙でキリスト教民主・社会同盟と自由民主党が勝って、保守中道路線の
連立政権を作りました。原子力廃止政策を推進していた社会民主党は、政権を離れました。このことで
ドイツのエネルギー政策は、ゆっくりと変わりつつあります。

まず連立政権は、脱原子力政策を見直して、現在運転されている、17基の原子炉の稼動年数を延長
する方針を明らかにしました。キリスト教民主・社会同盟と自由民主党は、「エネルギーの安定供給を
確保するためには、再生可能エネルギーが国による援助なしでも経済的に自立できるようになるまで、
原子力を使う必要がある」という立場を取っています。

ドイツには、すでに減価償却が終わっている原子炉もあります。こうした原子炉の稼動年数を延長
しますと、電力会社には今後10年間で400億ユーロ(4兆8000億円)もの追加利益が生じます。
このため政府の中にはこの利益の一部を、国が運営する再生可能エネルギーの研究財団に回すべきだ
という意見もあります。稼動年数を何年延長するか、また追加利益の何パーセントを国に還元するかに
ついては、今年秋にメルケル政権が発表する予定の「長期エネルギー戦略」の中に盛り込まれることに
なっています。

ただし、メルケル政権も新しい原子炉を建設する方針は打ち出していません。その理由は、
チェルノブイリ事故などによって、市民の間に原子力に対する不信感を持つ市民が残っているからです。
2005年に行われた世論調査によりますと、回答者の70%が、脱原子力政策に賛成していました。
また回答者の75%が、「自分の家の近くに、原子力発電所が建設されることには反対だ」と
答えています。イタリアやイギリスのように、新しい原子炉を設置する方針を打ち出した場合、
一部の国民が強く反発する可能性があります。

ただし、20年前に比べますと、原子力に対して前向きな態度を取る国民が増えていることも事実です。それは、多くの国民が地球温暖化による気候変動について不安を抱き、二酸化炭素の排出量を減らす必要があると考えているからです。

たとえば、今年初めに行われた世論調査によりますと、「石炭火力発電所を長期的に使うべきだ」と
答えた人は回答者の34%でしたが、「原子力発電所を長期的に使うことに賛成」と答えた人は、
回答者の43%でした。つまり石炭火力よりも原子力を好意的に見る市民の方が多いのです。

また去年の時点では「ドイツは原子力を廃止しないだろう」と答えた人が回答者の51%でしたが、
今年にはその割合が68%と大幅に増えています。褐炭は、ドイツで唯一豊富に採れるエネルギー
資源です。しかし二酸化炭素に対する市民の懸念は毎年強まっており、石炭火力発電所の建設や
改修工事が、住民の反対によって暗礁に乗り上げるという事態がドイツのあちこちで報告されています。
またCCSつまり二酸化炭素の地下貯留施設の設置についても、住民が反対運動を起こし始めています。
石炭火力に反対する市民の態度は、30年前にドイツで燃え上がった原子力反対運動を連想させます。

エネルギー関係者の間では、原子力を完全に廃止することについて以前から警鐘が鳴らされていました。
2008年にドイツ・エネルギー機関という研究機関は、ドイツの将来の発電能力について、研究
報告書を発表しました。このレポートは、17基の原子炉が、全て停止され、再生可能エネルギーが
政府の計画通りに拡大されることを前提として、2020年の発電能力について予測したものです。

エネルギー機関は、このレポートの中で、「2020年には、発電所・15ヶ所分に相当する発電能力
が不足する可能性がある」という、悲観的な予測を打ち出しました。その理由は、住民の反対運動に
よって全国各地で発電所の建設計画が中断したり、遅れたりしていることです。

エネルギー機関のシュテファン・コーラー事務局長は、「計画されている65の発電所建設・更新計画の
内、確実に実行されると見られるのは、全体の10分の1にすぎない。このため、電力不足を防ぐ
には、新しい発電所の建設を進められるように、一刻も早くエネルギー・ミックスに関して社会的な
コンセンサス・合意を作り出す必要がある」と訴えています。つまり石炭火力に対する市民の反対が
強まっていることから、原子力発電を廃止した場合、再生可能エネルギーの比率を大幅に拡大しても
電力不足が発生するというわけです。メルケル政権が脱原子力政策の見直しに踏み切った背景には、
エネルギー業界のこうした懸念もあるのです。

9.再生可能エネ振興を大幅減額

さてメルケル政権は、今年初め再生可能エネルギー業界にとって衝撃的な政策を発表しました。連邦
環境省が、太陽光発電の振興金を当初の予定よりも大幅に削減する方針を打ち出したのです。

もともと再生可能エネルギー促進法の中でも、振興金の額は毎年徐々に減らすことになっていました。
たとえば去年は、出力が30キロワット未満の太陽光発電装置については、1キロワット時あたりの
振興金は43セント(およそ52円)でしたが、今年からは9%削減されて39・7セント(約48円)
に下げられました。

しかしレットゲン環境大臣は「太陽光モジュールの価格が2008年におよそ30%下がったのだから、
振興金の額をもっと減らすべきだ」と主張して、振興金をさらに17%カットして、33セント
(約40円)にしたのです。

この背景には、需要家の団体や産業界が、電力料金に上乗せされている再生可能エネルギー促進税に
不満を持っていたという事情があります。

ある推計によると、ドイツの太陽光発電業界で働く人は、一人あたり15万ユーロ(約1800万円)
の振興金を国から受け取っていることになります。さらに「太陽光モジュールの重要な部品の多くは、
中国から輸入されているので、ドイツの消費者は、間接的に中国の労働者に補助金を出しているような
もの」という指摘もあります。このため需要家団体は、振興金を30%カットするよう政府に求めて
いました。特に去年秋に政権が変わってからは、再生可能エネルギーに対する多額の振興金について、
批判的な論説がマスコミでも目立つようになりました。

振興金の大幅な削減は、再生可能エネルギー業界にとっては悪いニュースです。特に太陽光発電に
関わる業界は、ドイツ政府の態度を批判しています。「今後は再生可能エネルギーに関連した業界で
倒産する企業が増え、失業者が増えるだろう」という指摘もあります。

ドイツの太陽光発電モジュール業界は、一時は世界でもトップクラスの座にありましたが、最近では
中国などに押されて苦しい戦いを強いられています。2008年には、ドイツの太陽光発電用
モジュールの世界市場でのシェアは18・5%でしたが、2009年には3・5ポイント減って
15%になりました。中国がシェアを32・7%から38%に増やしたのとは対照的です。業界では、
今年のドイツのシェアが12%に落ち込むと予想されています。

一時はシャープに匹敵する地位にあったドイツ企業・Qセルズも、2009年には米国のファースト・ソラー、中国のサンテック・パワーなどに抜かれて
第4位になりました。他の企業が生産量を2桁ないし3桁の成長率で増やしているのに対し、
Qセルズの生産量は0・8%しか伸びませんでした。

ドイツ企業の価格競争力が弱い最大の原因は、製造コスト、特に人件費が高いことです。中国の
サンテック・パワーのモジュール製造コストは1ワットあたり約30セントですが、
Qセルズでは44セント。つまり47%も高いのです。Qセルズが今年2月に発表した2009年度の業績見通しによりますと、赤字の額は13億5600万
ユーロ、(およそ1627億円)に達する見通しです。このためQセルズは生産施設の一部を
マレーシアに移したり、従業員数を減らしたりするなどして、大幅なリストラを行っています。
こうした厳しい状況に加えて、今年からドイツ政府が再生可能エネルギーの振興金を当初の予定よりも
大きく減らしたことは、再生可能エネルギーの関連産業にとっては泣き面に蜂ということができます。

このように去年誕生した保守中道政権は、再生可能エネルギーの振興に少しずつブレーキをかけ始め
ました。メルケル政権は、産業界や電力業界、需要家団体の意見を尊重して、原子力、化石燃料、
再生可能エネルギーの3つをバランスよく使ったエネルギー・ミックスをめざしているのです。今後も
ドイツ政府は、再生可能エネルギー業界が市場での競争の中で生き残ることができるように、少しずつ
振興の度合いを減らしていくものと予想されます。

もっとも、キリスト教民主・社会同盟も自由民主党も、環境保護とくに二酸化炭素の削減を重視して
いるので、再生可能エネルギーを発電量の30%まで拡大するという方針に変化はありません。
このため、再生可能エネルギーを振興する政策が、完全に打ち切られることは考えられません。

10.再生可能エネ拡大の問題点

さてドイツ政府や電力業界が、再生可能エネルギーの比率を大幅に増やす上でいくつかの問題点が
あります。一つは、再生可能エネルギーで作られた電力を大消費地に送るための系統が十分整備されて
いないということです。ドイツでは陸上に風力発電装置を作る場所が減ってきたことから、北部の
バルト海などにオフショア・風力発電基地を大量に作ることにしています。ところが、ドイツで
製造活動や経済活動が盛んなのは中部および南西部です。このため、2015年までに850
キロメートルにわたって、ドイツの北部と南部を結ぶ高圧線を建設することが必要になります。
この際には、電力の損失が比較的少ない高圧直流送電線が使われる予定です。ただしドイツでは住民が
高圧線の建設に反対することがよくあるため、系統整備に時間がかかることも予想されます。

もう一つの問題点は、風力発電では、自然の力を利用するために石炭火力や原子力による発電に比べて
変動しやすいということです。2005年に、ドイツ・エネルギー機関が政府の委託を受けて、
2020年の風力発電能力について予測した、研究報告書が発表されました。エネルギー機関は
このレポートの中で、「風力発電の能力は大幅に増えるものの、安定した発電能力と見なすことが
できるのは、全体の6%にすぎない。残りの94%については、化石燃料の発電所などによって、
バックアップを準備する必要がある」と結論づけました。

私は2005年にベルリンの連邦環境省で、再生可能エネルギーを担当している課長に話を聞きました。
この人は、当時環境大臣だった左派のトリティン氏の知り合いで、緑の党の党員でした。

彼は、インタビューの中で「再生可能エネルギーは、原子力ほど安定的に使えるエネルギーではない。
風力発電を拡大することは確かだが、風が吹かない時や強すぎる時に備えて、石炭火力などの発電所に
よって、予備の発電能力を持つことが必要だ」と話していました。緑の党の環境保護主義者ですら、
「再生可能エネルギーだけでは、十分にベース・ロードをカバーできない」と率直に認めたことが、
強く印象に残りました。

さらに最近ドイツの電力市場では、風力発電の拡大によって奇妙な現象が起き始めています。それは、
いわゆるネガティブ価格、つまり「負の価格」の発生です。通常物やサービスを売る人は、買い手から
代金を受け取ります。しかしドイツの電力市場では、売り手が買い手に金を払わないと電力を売れない
というネガティブ価格がときおり発生しているのです。その原因は、再生可能エネルギーの急激な拡大
です。

連邦ネットワーク監視庁によりますと、去年にはネガティブ価格が18回発生しました。たとえば
日曜日の夜のように、電力に対する需要が少ない時にドイツ北部で強い風が吹きますと、風力発電装置
から大量の電力が急激に系統に送り込まれます。

しかし電力取引所のスポット市場で買い手がなかなか見つからない場合には、価格がゼロを割り込みます。この場合、売り手は買い手にお金を払わないと、電力を売ることができないのです。

去年10月には、一時電力のネガティブ価格が、メガワット時あたり1500ユーロに達したことも
ありました。つまり売り手は、およそ18万円を払わないと、電力を売ることができなかったのです。
電力会社にとっては、供給量を減らすために原子炉や火力発電所を停めると莫大なコストがかかります。
それに比べれば、スポット市場でネガティブ価格を払う方がまだ安いというわけです。

今年からは、再生可能エネルギーで作られた電力の価格の透明性を高めるために、風力などによって
作られた電力が、以前よりも多くスポット市場で取引されるようになりました。このため、ネガティブ
価格がこれまで以上に頻繁に発生する可能性があります。また今年から電力会社は、ネガティブ価格の
ためのコストを電力料金の請求書に上乗せできるようになりました。消費者は再生可能エネルギーの
振興金だけでなく、ネガティブ価格のつけまで払うことになります。つまり再生可能エネルギーの
拡大によって、電力の需要と供給に大きな格差が生じる事態が増えてきたのです。

11.再生可能エネとスマート・グリッド

ドイツ政府と電力会社は、IT技術を活用したスマート・グリッドの導入を本格的に検討していますが、
その背景には、再生可能エネルギーの拡大による需給の変動を和らげるという意図もあります。

スマート・グリッド導入のための第一歩は、新しいメーターの取り付けです。ドイツでは今年1月から、
建物を新築したり改装したりする場合には、スマート・メーターの設置が義務づけられました。これは
欧州連合の指令に基づくもので、欧州委員会は2022年までに欧州連合の個人世帯の80%に
スマート・メーターを取り付けることをめざしています。

 スマート・メーターを設置しますと、消費者がコンピューターの画面を通じて、自宅のどの機械が
多く電力を使っているかなどをリアルタイムで知ることができます。このため電力の節約につながる上、
電力会社も電力の消費に関する状況をこれまで以上に細かくつかむことができます。しかし政府や
電力業界がめざしているのは、次のような未来像です。

いずれはドイツの全ての家庭にスマート・メーターが取り付けられます。将来のスマート・メーターは、
電力市場の価格の動向も示すようになります。たとえば消費者は、「電力の1キロワット時あたりの
価格が4セント以下になったら、シグナル音を出す」というようにメーターを設定することができます。

日曜日の夜にバルト海で強い風が吹き、オフショア発電装置のプロペラが激しく回転します。すると
大量の電力が直流高圧線を通って、市場に送り込まれます。電力の供給が需要に比べて大幅に増えたの
で、電力価格が4セントを割り込みます。このため家庭のスマート・メーターがシグナル音を発し、
電力価格が下がったことを消費者に教えます。市民はこのシグナルを受けて、電気自動車に充電したり、
アイロンをかけたりします。

ただし、電力の値段が下がるのを待って、電力を消費するというのは面倒です。このため将来電力の
蓄積技術が進めば、家電製品は価格が一定のレベルに下がったという市場のシグナルをキャッチすると、
自動的に割安の電力を蓄積するようになるかもしれません。つまりスマート・メーターは電力価格を
監視し、割安の電力を取り込む機能をも果たすのです。逆にサッカーの試合の生中継などのために
電力消費が急増した時には、「価格が上昇して10セントを超えた」という市場のシグナルをスマート・
メーターがキャッチします。そして、電気自動車などに貯めた余剰電力を自動的に市場に流して、
販売することも可能になります。こうすれば消費者は電力料金を節約することができるかもしれません。

つまり電力の需要家が、電力の売り手にもなるわけです。ドイツでは消費者つまりコンシューマーが
電力の供給者つまりプロデューサーになるという意味で、プロシューマーという概念が使われ
始めています。

もちろん、こうした未来像が実現するのは、まだはるかに先のことになるでしょう。特に、電力の蓄積
技術が今よりも大幅に進歩することが、前提です。しかし、全ての需要家が割安の電力を自動的に
蓄積するようになれば、風力による電力が突然大幅に増えても、そのショックを吸収することができ、
ネガティブ価格の問題は解消されます。ドイツ政府と電力業界は、再生可能エネルギーの拡大による
需要と供給のアンバランスを和らげるために、スマート・グリッドに大きな期待をかけているのです。

 ドイツでは今後、発電の分散化が進むものと予想されています。たとえば自動車メーカーの
フォルクスワーゲン社は、ハンブルクの電力供給会社リヒトブリックと協力して、今年から家庭用の
ガス発電装置の量産に乗り出しました。

リヒトブリックは、今後数年間で20キロワットの出力を持つガス発電装置を10万台家庭に設置
することをめざしています。市民は、5000ユーロ(およそ60万円)を払ってリヒトブリックから
発電装置を借ります。後は保守点検費用として毎月20ユーロ(およそ2400円)を払うだけです。
ドイツの家や団地には必ず世帯ごとの地下室があるので、発電装置を取り付ける場所には
事欠かないのです。この発電装置は電力だけでなく暖房用の熱も生み出すので、「熱電併給型発電所・
振興法」に基づく振興金を受けることもできます。

リヒトブリックは、こうした家庭用発電装置をスマート・グリッドによってリンクして、「ドイツ最大の
分散型ガス発電所を作ることも可能だ」としています。今後電力の貯蔵に関する技術が発展すれば、
電力消費者が余った電力を売ることも夢ではないからです。

14.まとめ

このようにドイツでは、再生可能エネルギーの拡大が引き金となって、電力市場が大きく変化しようと
しています。ドイツ人にとっては、再生可能エネルギーの比率を大幅に増やすことが、政治的・
社会的に重要な目標になっています。ドイツにとっては、今後国際競争力と環境保護による負担の
バランスをどのように取っていくかが、大きな課題になると思います。もちろん日本とヨーロッパの
状況を単純に比較することはできません。それでも、皆様の日々のお仕事の参考にさせて頂くために、
今後もヨーロッパから電力やエネルギー市場についての最新情報をお届けしたいと思っております。

 ご清聴まことにありがとうございました。